【情報・私見】「裁判」と聞いて関係ないと思っていませんか?
突然ですが、皆さんにとって「裁判」というとどのようなイメージがありますか?
「難しい」とか「関係ない」と思いがちではありませんか?
しかし、2009年5月より裁判員制度がスタートしてから、地方裁判所で行われる刑事事件裁判の中でも重大な犯罪に関する裁判については、裁判員として選ばれた国民が裁判に参加することになったので、他人事とは言いづらくなりました。
裁判員として参加するだけでなく、実際に判決を決める立場に立つことについて、プレッシャーやストレスを感じる人を多いと聞きます。
確かにそういった「人を裁く場」に参加することは、何度経験しても慣れることではないかもしれません。
しかし、普段から「自分だったら」という感覚を持って世の中で起きている事件や出来事について考えるようにしていれば、少しだけ気持ちを整理しやすくなるかもしれません。
そこで、この「判例情報と私見」のカテゴリーでは、皆さんに少しでも「裁判」や「法律」を身近に感じてもらえるような内容をお届けします。
実際の裁判例を1記事で1つ取り上げ、事件の概要や論点を図などを使って解説。
その後、皆さんであればどのような判断を下すか考えて頂き、最後に実際の裁判ではどういった結論を出したのかを解説します。
今回は早速、1つの事件を紹介してみます。
どうか気楽な気持ちで、読み進めてみてください。
1.事件の概要
(1)事件番号・事件名
◎平成29年(わ)第1207号、平成30年(わ)第23号
◎殺人・傷害被告事件(裁判員裁判)
◎平成30年10月5日/福岡地方裁判所
(2)事実の概要
上記の図式の通り、今回の事件では「妻」が被告人となります。
2度にわたる夫婦喧嘩への苛立ちを解消するために、妻は子どもへ暴力を振るいました。
1度目は全治約10日ないし2週間を要するけがを子供に負わせ、2度目は何度も胸腹部を踏みつけることによって子供を死亡させています。
(3)争点
上記「事実の概要」の(4)で被告人が子どもを死なせたときに、
1)被告人に殺意があったか。
⇒つまり、被告人は「殺そう」という意思を持って子供に暴力を振るっていたか。
2)被告人に責任能力はどの程度あったか。
⇒つまり、被告人の精神状態は正常といえたか。
(4)求刑(検察側)・科刑意見(弁護側)
◎求刑 :懲役12年
◎科刑意見:懲役3年・執行猶予5年
2.争点に対する裁判所の判断
1)被告人に殺意があったか。
①:被告人の行為に危険性はあったか
・医師の供述によれば、少なくとも数秒間、身体の厚さが2分の1以下になるような
強い圧迫がないと「心臓破裂」には至らない。
・被告人も、力加減することなく、自分の全体重をかけて子を踏んだと供述。
⇒被告人の行為は子を死亡させる危険性が極めて高いものといえる。
②:被告人は自分の行為の危険性を認識していたか
・被告人は照明の点いた室内で、子が足元にいることなどの周辺の状況を十分認識した上で行為に及んでいる。
・被告人は以前も子を踏みつけたことがあるが、その際は「子が死んではいけない」という認識のもと、死ぬ危険性の高い腹を避けるために子を仰向けからうつ伏せの体勢に変えたり、自分自身も力加減をしたりして踏みつけている。
⇒被告人は自分の行為が子どもを死亡させる危険性を十分理解していたといえる。
【結論】被告人は、子が死ぬかもしれないがそれでも構わないという程度の殺意があっ
たと認められる。
2)被告人に責任能力はどの程度あったか。
◇捜査段階において精神鑑定を行った医師の説明事項◇
①:被告人の精神障害とその特徴
・「軽度精神遅滞」
精神年齢が9歳ないし12歳程度で、学習困難はあるが社会的貢献は可能。
・「自閉症スペクトラム障害」
対人関係や他者とのコミュニケーションに関する障害など。
・「適応障害」
ストレスを受けた際に生じた過剰な反応。
⇒基本的には通常人がカッとなった時と同じ状態で、周囲の状況がわからないといっ
たことや、善悪の判断への影響はなし
②:被告人の精神障害の程度・本件犯行への影響
・本件犯行は、「適応障害」の現れによって生じたもの。
● 軽度精神遅滞の影響で、被告人はそもそもルールや規範についての理解が低く、
それが一定程度今回の犯行に影響を及ぼしたが、直接的な影響は大きくない。
● 自閉症スペクトラム障害は、今回の犯行に直接的な影響を及ぼしてはいない。
● 軽度精神遅滞と自閉症スペクトラム障害の影響で、一般人に比べてストレスを溜
めこみやすくなり、被告人が適応障害に陥りやすい状態を作り出してしまった。
◇上記の医師の見解を基礎として、被告人の責任能力の程度を検討◇
①:被告人の善悪の判断能力
・被告人の日頃の能力を検討すれば足りる
● 被告人は、周囲の人に自分が子に暴力を加えた事実を否定する嘘を言って罪を
逃れようとしたこと、以前に踏みつけた際には方法を選び、力加減もしたこと
から、被告人は善悪の判断が可能だった。
● 弱者である子に苛立ちをぶつける行為は、卑劣ではあっても不自然ではなく、
幻覚や妄想とは無関係といえる。
● 今回の犯行を行った行為は、それまでの被告人の子に対する行動の延長とも
言えることから、全く別人のふるまいとは見受けられない。
● 被告人は法廷で悪いことをした旨を述べていることなどから、被告人が精神
障害を有することを考慮しても、少なくとも被告人の善悪を判断する能力が
著しく低下していたとはいえない。
②:被告人の自身の行動をコントロールする能力
・被告人の犯行行為は精神障害に基づくものではない旨を医師が説明
● 被告人は犯行当時、行為を思いとどまる余裕がない状態ではあったが、それは
被告人の性格等によるもの。
・ 行動のコントロールは、十分ではないものの、一定程度は出来ていた
● 被告人は子を踏みつける前に、地団駄を踏んで強く足踏みをしたり、子が寝て
いた場所から少し離れた場所の襖を蹴るなどしており、いきなり子を踏みつけ
ているわけではない。
【結論】被告人は犯行当時、完全責任能力を有していたと認定。
さて、ここまで見てきた事件の概要や、事件で争点になった点の裁判所(裁判員)の判断を読んで頂いた上で、皆さんであればどのような結論を導きますか?
もちろん、上記のような争点に関する判断も、裁判員になるとしていかなければならなくなりますが、とりあえずは結論だけ考えてみてください。
これから、実際の裁判所が出した結論を書いてみたいと思います。
3.裁判所が出した結論
(1)主文(結論)
被告人を懲役7年に処する(拘留されていた220日は、この7年の中に加えられる)
(2)量刑の理由
・犯行行為は非常に危険な行為であったといえる
● 子の頭や胸腹部を全体重を乗せて、手加減することもなく、3回にわたり、心
臓が破裂するほどの強さで踏みつけている。
● 現に即死の結果を招いている。
・犯行の動機や経緯
● 夫婦げんかにより生じた苛立ちを子にぶつけたもので、身勝手極まりない。
・被告人の行為(弱い立場の者に苛立ちのはけ口を求める、些細なことで激しく苛立
つなど)の背景
● 軽度精神遅滞等の精神障害の影響があったことは否定しがたく、被告人に対す
る避難を一定程度減少させる事情といえる。
4.まとめ
どうでしたか?
皆さんにとって、納得のいく判決となっていますか?
実際はこういった文章のみならず、様々な物的証拠や人的証拠、証言をする人の生の声なども加わった形で判断を求められることになります。
生後間もない子どもが、親に踏みつけられて死亡するという事件というだけであれば、子どもへの同情は高まり、検察側が提示した「懲役12年」でも刑罰が軽いと感じる人はいると思います。
ただ一方で、被告人は精神障害を抱えており、犯行行為の悪質性は否定出来ないものの、被告人に対してもある一定の同情が集まることになるかと思います。
感情と客観性をバランスよく保つことは難しいかもしれませんが、それぞれの立場を考えた冷静な判断が求められます。
身近で起こりうる事件だからこそ、一度考えてみるのも良いのではないでしょうか。
*1:「求刑」…検察側が求めている刑罰 / 「科刑意見」…弁護側が求める刑罰