【ある朝のこと】変化がもたらすもの
大きく息を吸って、ゆっくり息を吐く。
部屋の中いっぱいに、コーヒーの香りが漂っている。
外からは学校に向かう子供たちのはしゃぐ声がする。
--あー、いつも通りの朝だなぁ。
変化のない一日の始まりにほっとする。
昨夜から開きっぱなしになっているパソコンの画面。
メールの受信ボックスを見た後、SNSで知り合いの近況を眺めた。
仕事について書かれていたり、家族について書かれていたり、
人が皆、人の生活を知りたがることを滑稽に思いながらも、
自分もまた、同じように人の生活を覗き見ていることが可笑しく思えた。
毎日に変化がないことを嫌がる人がいる。
でも、私は変化がない方がずっといいと思う。
だから私は、毎朝コーヒーを飲みながら、メールチェックをして、
いつもSNSで人の生活を眺めながら過ごすのだ。
いつからか、そんな人間になっていた。
何となく見ていた画面の中に、突然、「快挙」という言葉がおどる。
そこには、見たことのある名前。
「あっ、ゆうちゃん」
思わず口にしたその名前は、とてつもなく懐かしい感じがした。
ゆうちゃんは誰よりも優しくて、人の心に寄り添える人だった。
でもその分、とても臆病で、おとなしい人でもあった。
よくいじめられていたし、「もっとしっかりしろ」とよく言われていた。
でもそんなゆうちゃんを、私はどこか憎めないと思っていた。
確かに頼りなかったし、気が利く方でもなかったけど、なぜか憎めない。
そんなゆうちゃんが、快挙を成し遂げたというニュース。
ゆうちゃんと「快挙」という言葉が、すぐには結び付かなかった。
「僕は変化のある毎日を過ごしたい」
ゆうちゃんが、昔、私にそう言ってくれたことを思い出した。
よりにもよって、ゆうちゃんからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
「変化のある毎日なんて、ゆうちゃんには似合わないよ」
気付いたら、そんな言葉を私は言っていた。
あの時、何であんなことを言ってしまったのだろう…。
無意識に、ゆうちゃんのことを見下していたのかもしれない。
画面の中のゆうちゃんは、私の知っているゆうちゃんではなかった。
強い意志が感じられる、とてもまっすぐな目をしている。
でも、ゆうちゃんの話している言葉や、周りからの評価の声から分かったのは、
昔と全く変わらない、優しくて、人の心に寄り添える人のままだということだった。
変化を嫌っていた私の前に、突然現れた変化。
でも、どこかでその変化は心地よくて、私の心は温かくなっている。
平日の朝に、初めてカーテンを開けた。
いつもの毎日とは、ほんのちょっと違う朝だ。
変化がある毎日も悪くはないのかもしれない。
窓越しに太陽の光をいっぱい浴びて、思いっきり深呼吸する。
今日はどんな一日になるだろう。
初めての感覚に、私は久しぶりに“ワクワク”していた。